好きなものは好きなのさbyあさゐ
パリキチあさゐの思い出日記
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マリー・アントワネットの墓所
もちろん彼女は断頭台の露と消えました。それはもう有名な話ですよね。

コンシェルジュリから革命広場にある断頭台へ連れて行かれる彼女は

フランス王家の喪服である白いドレスを着て、後ろ手に縛られて、髪は短く

切られていましたが、まっすぐ前を向き、背筋を伸ばして歩いたそうです。

死ぬ間際になって、王妃という自覚に目覚めたのは悲しいことです。

で、彼女のお墓はというと・・ちゃんとフランス王家の菩提寺にあります。

サンドニ大聖堂、あのワールドカップ98年フランス大会で競技場となった

スタジアムのある町ですよ。
地下鉄で行けますが、途中で行き先が分かれているので要注意ですね。

小さな町なので特に迷うことはないでしょう。向かって右だけの塔が

目印です。内部はさすが菩提寺だけあって、たくさんの棺があります。

ふたにはその人の生前の姿が彫られていますが、中にいるのかな~と思うと

微妙な気分です~~誰か開けた人いるのかな~。

そして彼女は地下に眠っています。ごく普通の大理石がペタンと置いてある

タイプです。一緒に16世や息子ルイ・シャルルのお墓もあります。

でもそこに眠っているのは、彼女であったであろう石灰と言われています。

革命の嵐が過ぎ去って、王政復古の時代に即位した実の弟ルイ18世は

20数年前に革命に散った兄夫婦を探せと命じたわけです。

当時まとめて放り込む穴がいくつも掘られていましたが、確かマドレーヌ

教会の横だったような・・という記録のもと、懸命に掘り返していると

ガチンと硬い部分にぶち当たったのですが、それが石灰の塊なわけです。

当時高貴な身分の人には石灰粉がかけられていたので、その塊を割ると

中からガーター留めがでてきたんです・・。それが彼女の姿らしいです。

同じ地下にある小部屋には、確かに彼女の名前が彫られています。

歓声に迎えられたハプスブルグ皇女だったフランス王妃の最後の姿としては

あまりにも悲しい姿ですよね。王政時代には色々問題も多かった彼女ですが

ヴェルサイユ、コンシェルジュリと見て、最後に墓所にたどり着くと・・・

彼女の転落した人生が物悲しさを誘います。
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